お父さんとポチ
   噺歌集Xより抜粋(’92.2.25. 東京厚生年金会館)

まあ、去年から今年と、もうネタに入ってるんですが(笑)、去年から今年と、僕は家族について、いろいろと(拍手)考えようとやって来たわけです。家族というと、お父さんがいて、お母さんがいて、息子がいたり、娘がいたりします。お母さんというのは、ご承知のように、家の中での権力が強い。むしろ、全権を握っているのは、母という感じがいたしますですね。お母さんは、もちろん大事にしなけりゃいけない。それは、もちろんのことでございますけれども、このところ、お父さんの分が悪いという話がございまして(笑)。みんな帰っちゃうしね、もう。このネタに入ると長いぞって(笑)。

お父さんが一所懸命働いて、ま、一所懸命かどうか分からないけど、まあ、とにかく働いて、家族のためだ、みんなのためだと思って働いて、だけれども、時の流れというものは、いつの間にか人を変え、性質を変えてしまうものなんであります。かつては愛し合ったはずのお父さんとお母さんの間も、もう、一昨日沸かした風呂のようになり(笑)。フフフ、ちょっと難しかったですか? 冷たくはないが、決して熱くはないという人間関係ですね。よく見ると表面に垢が浮いているという、そういう関係(笑)。

お父さんはだんだん孤独になっていく。息子は東京の大学に出てったきり、都合のいい時しか連絡をよこさない。娘は自分一人で大きくなったような顔をして、飛び歩いて、遊んでばっかりいる。お父さんはどんどん孤独がつのるんです。今、お父さんを支えているのは、お母さんじゃない。今、お父さんを支えているのは、もちろん息子でもない。お父さんを支えているのは、もちろん、娘ではない。
ポチです(笑、拍手)。

だから、今や、ポチがお父さんを支えている。ポチがいなければ、お父さんのストレスのもって行き場がない。だから、日本を支えているのはポチだと言うことができる(笑)。考えてみれば、お父さんの愚痴を口答えもせずに聞いてくれるのは、ポチだけなんです。お父さんとポチの絆、それは瀬戸大橋のワイヤーよりも太く強い(笑)。だから、お父さんは家族のことはあんまりよく知らないけれど、ポチのことなら何でも知ってる。

食べろ、ポチ(笑)。食べなさい、食べなさい。あー、美味しいか? おいちいでちゅかー、おいちいでちゅかー(笑)。美味しそうに食べるなー。美味しいか? チッ、そうか。今日なー、お父さんなー、会社早く終わっちゃったんだよ。いいんだよ、気ぃ遣わないで、食べてろ(笑)。でな、お父さん、ほら、帰ってきたって、誰も居ないだろ? だから珍しくパチンコなんかやっちゃって、パチスロってのやっちゃって、単チェリー来たぞ(笑、拍手)。いやいやいやいや、そうか、そんな美味しいか。だから、お前に買ってきてやったんだ。へへ、ペディグリーチャムだぞ(笑)。

今日は母さんどこへ行ったんだ? 知らないか? カラオケかな。隣の奥さんも一緒じゃなかったか、ポチ? 見なかったか? 多分、一緒だと思うぞ。隣のご主人、今、前掛けして台所にいたから。マメだよー、宅間さんちは(笑)。本当にねー。

いや、いや、そうか、そんなに美味しいか、それ。おいちいでちゅかー、おいちいでちゅかー。本当に美味しそうに食べるなー。全国のトップブリーダーの約八割が推薦してるんだぞ(笑、拍手)。美味しいでしゅか。へへ。それ、新製品だって書いてあったぞ。「ラベルが変わって、美味しくなりました」(笑)って書いてあったぞ。誰が美味しいって言ったか、父さん知らないけどさ(笑)。

チッチッ、今日、娘は帰って来ないってさ。台所に書き置きしてあったよ。「お母さんへ」って。書き置きってのは、お母さんにするんだな(笑)。お母さんへか。最近の若い娘ってのは、どうして「へ」にテンテン打つんだあれ? あれ、父さん、どう頑張って読んでも「ベ」だぞ。「お母さんべー」(笑)。ちょっと「ベ」が大きいんじゃないか、「べ」が(笑、拍手)。

「お母さんべ、今日は、お友達んちで泊まりがけで試験勉強してるから、どうか心配しないでね、ハート」
って書いてあったよ(笑)。友達んち泊まりがけで試験勉強か。チッチッチッチッチ、大学生にもなって、白々しい嘘を。それは、若い頃、父さんがよく使わせた手だ(笑)。今日、母さんも遅くなるって。母さんも書き置きしてあったよ。
「お父さんへ、遅くなるから、チンして食べといてね」(笑)
どこのご家庭でも、そうなのかな。一回、カレー作ると四日ぐらいは、父さんチンして食べさせられてんのかな(笑)、あれ? フーン、そうなのか、そうか。父さん、一昨日もチンして食べたぞ。うん、今日も、明日も、毎日、チンして食べるんじゃ、父さん、ハウス食品と結婚しても一緒だったな(笑)。

アーア、アーア、何がなんだかね。だけどね、ポチ、母さんだってね、最初っから、そういう女だったわけじゃないんだよ。(ピアノ、悲しげな音楽静かに)悲しいね(笑)。父さんが初めて(マイクにエコーがかかってる)、エコーまでかけてどうするんだ(笑)。父さんが初めて母さんと会ったのは、忘れもしない、今から...、忘れもしない、今から...、大分、前だった(笑)。

この家建てた頃だよ。まあ、子供が生まれたての頃は、良かったな。母さんさ、父さんが会社に出かける時、必ず、そこの角まで送ってくれたもんだぞ。必ず声かけるんだ。ご近所に恥ずかしいんだよな。だけど、声かけるんだ。
「お父さーん」
「なんだ」
「気をつけて行ってよ、お父さん、しっかりしてるようでも、案外ボーッとしてる時あるから。車なんかにぶつかるんじゃないよ。今日は何時に帰ってくるの」
帰ってくる時間まで聞いてくれたもんだった。今は何時に帰ったって、いないか寝てるかだ(笑)。父さん死んじゃっても、気がつかないんじゃないかな(笑)。ま、そりゃ、母さんのことだから、今だって声はかけてくれるよ。
「お父さん」
「なんだ」
「ついでにゴミ出しといてね」(笑)
だから、父さん、水曜日になると、自主的にビニール袋持って出かけるだろう(笑)? 父さん、あれ持ったまんま、総武線に乗っちゃったことある(笑、拍手)。平井で、みんな降りたぞ(爆笑)。

まー、昔の話ばっかりすると、父さんなんだか情けないみたいだけどさ、お前にしか、こんな話できないけど。

ポチ、ポチ、ヒューヒューヒューヒュー(口笛)、ポチ、水だろ? 駄目だよ、それ飲んじゃ。駄目だよ。それ、雨水なんだから。おなか壊しちゃう。こっちおいで。こっちこっちこっち。チチチチ。おいで。駄目だよ、水ちゃんとあるんだから。父さん、ポチのことなら何でも分かるんだ。ほーら、新発売「安曇野の水」だぞ(笑)。

あーあ、父さんの誕生日なんてすごかったぞ、昔は。ご馳走がいっぱい並んでてな。で、父さん知らないフリして聞くんだよ。
「何だ、今日はご馳走じゃないか。どうしたんだ」
「何、言ってんの、今日はお父さんのお誕生日じゃありませんか」
それが合図だ。襖がパーッと開いたかと思ったら、娘がこんな頃だよ、ケーキに蝋燭を立てて火をつけて、
「チャンチャーカチャーン、チャンチャーカチャーン」(『結婚行進曲』のメロディー)
何の曲だか知りもせず(笑)。
「そうかー、父さんの誕生日、みんな覚えててくれたのか。ありがとう、ありがとう。嬉しいよ。じゃあ、消すよ。フー」
蝋燭の火を消すと、娘が
「私が消したかった」
って泣くもんだから、しょうがないから、また火をつけ直して(笑)、それで、娘に吹き消させて、写真撮ったりして。写真だけ見ると、誰の誕生日かよくわからなったりして(笑)。

アー、もっとも、今、ご馳走が並んでると、とうさん逆に不安だろうけどな。こないだの精密検査の結果、かみさんの方にだけ届いたんじゃないかとか(笑)、トリカブトでも入ってないかとか(笑)。チッチッチッチッ。

ポチ、娘だってなー、なんだかこうやって遊び歩いて、仲間内でなんて言われてるか、父さん知らないわけじゃあないよ。だけどね、ポチ、父さんは知ってるだ。あの子は、本当はいい子なんだよ。本当は心のやさしい、いい娘なんだ。お前を拾ってきたのもあの娘だ。

あの子は小っちゃい頃よく熱出す子でなー、あの頃は、ほら、今みたいに冷蔵庫開けりゃ、自分で氷作ってる時代と違うだろ? 氷をおっかくんだよ、父さん。包丁の背中やなんかで、慌ててるもんだかせ、あっちこっち血だらけになって、氷枕だの氷嚢だの作ってさ。あんまり急に熱が上がると、ひきつけるといけないってんで、毛布にくるんで、二丁目の権藤先生のところまで夜中によく走ったもんだ。
「権藤先生ー、権藤先生ー」
権藤先生、いい先生だったな。覚えてるだろ? お前診てもらったことないもんな(笑)。何時でも診てくれたよ。あんな先生も少なくなっちまったよなー。

ポチ、何だか父さんも趣味の一つくらい持てばよかったな、うん。父さん、働くしか能がなかったから。ポチ、スーッ(鼻をすする音)、一体、父さん、何のために頑張ってきたんだろうね。(ピアノ、大きくドラマチックに)なに、盛り上げてんだよ(笑)。ポチ、いっそ、父さんと逃げよう(爆笑、拍手)。逃げてどうする。逃げてどうするっていうんですかね。

そういうわけでもってね、(ピアノ、さらに大きく)うるさいね、あんた。(かまわず一人盛り上がるピアニスト)「......」(『ゴッドファーザー愛のテーマ』しつこく盛り上がる。終わって大拍手。ピアニスト帰っていく、笑)帰ってどうするんだよ、帰って。まだあるよ。(アンコールの拍手、ピアニスト帰ってきて)その朝、広基が目覚めると、朝だった(笑)。どこまで行くんだろうね、俺たちは。そうやって盛り上げちゃいけませんよ。

いやー、だけど、何だね、これが去年の最高傑作と言われた「父さんとポチ」という作品でございます(拍手)。いや、だけど、お父さん、よく頑張ってるよね。最近はあんまり家の中がつまらなくて帰宅拒否症候群、そういうのあるんだってね。家に帰りたがらないっていう。ま、そりゃそうだよ、普通グレるよ(笑)。俺だったらグレちゃうよ。車シャコタンにして、マフラー割っちゃうよ(笑)。そう。で、「お父さん連合」かなんか作っちゃって、ハコ乗りしてハチマキ巻いちゃうよ(笑)。ハチマキ似合うから、俺(笑、拍手)。ありがとう、ありがたくないよ。二本巻けちゃうからね(笑)。ハチマキ二本巻けるって奴は珍しいですよ。「神風」って縦に書ける(爆笑)。フフッ、すごいでしょう。もっとも、谷村さんは「仏・法・僧」って三文字入ったそうですけどね(爆笑)。谷村さんが「仏・法・僧」って三文字入ったら、松山千春は「酒・池・肉・林」って四文字入ったっていう(爆笑)。そんなこと言うと怒られちゃうけどね、松山君、冗談だからね。(場内、笑い過ぎで咳き込んでいる)

ですから、本当にね、お父さん、そこまで惨めじゃないでしょうけれども、結構寂しいとこあるでしょうね。いや、もっともね、お父さんにも責任があったりなんかするから、ここがね、一方的に、お父さんの肩持ちにくいところですけれども。それでも、時々でいいから、お父さんを振り返ってあげて下さいね。時々でいいんですよ。本当に時々でいいから。しょっちゅう振り返っちゃ駄目だよ。かえってうっとうしいから(笑)。

※このトークが元になり、あの「関白宣言」のパロディー版「関白失脚」が発売された。さださん本人はお父さんの応援歌として作ったのだが、あまりにも前半部のインパクトが強すぎて…。一度は聴いてみる価値ありますよ。(^^)

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