プロポーズ大作戦
噺歌集Xより抜粋(’90.1.12. 千葉県文化会館)
今思えば、長崎から東京へ出てくる決心っていうのは大変なものですよ。芸能界っていうのは汚いところだって聞いて知ってるから。売れりゃあチヤホヤだけど、売れなきゃ香港に売られるって(笑)。吉田(虎キチ@愛媛注:グレープ時代の相棒)と二人で香港に売られたら、ちゃんと文通しようねって言って、出てきたんですから(笑)。それで川又明博っていうディレクター、今でも僕のディレクターですけどね。彼と出会ったっていうのは、僕の人生にとってものすごく大きな意味合いがある。彼と一緒でなければ『精霊流し』も生まれなかっただろうし、もしかしたら、『雨やどり』や『関白宣言』も生まれてない。そのぐらい、感性の部分で、僕といろいろ話をしながら盛り上がるという意味では非常に重要な人なんですね、今でも。昔は格好よくてね。なんか若い頃の古谷一行さんみたいでね。今はただのトドですけどね(笑)。
川又さんが結婚するっていう騒ぎの時がまた大変だったのよ。
「まさし」
って呼びだされてね、俺。
「まさし、相談があるんだ」
「はい」
って喫茶店へ行って。
「実はねー、結婚したいんだ」
「僕とですか?」(笑)
「お前と結婚してどうするんだ。結婚したいんだよ、あの人と」
「ああ、あの人ですか」
きれーな奥さんなんですよねー。で、
「したらいいじゃないですか」
「いやそうじゃなくって。一世一代のことだから、お前だったら、いいプロポーズの方法を知ってるんじゃないかと思って」
「僕はプロポーズしたことないもん」
「そんなこと言わないで。なんかあるんだろ?」
「ありますよ。お安くしときましょうか」(笑)
あのね、「妻駅の入場券」っていう事件があるんです。これは川又さんにその相談受けるちょっと前にね、九州のコンサートツアーがあって。その時に宮崎の西都原古墳群っていうのを見に行った。西都原へ「妻線」っていうので行くんですね、その当時。今は第三セクターになっているという話を聞いたことありますけど確認はしてません。「妻駅」という駅があったんです。僕はそこへ渡辺俊幸君と二人で行った。僕のアレンジャーであり、僕のステージでキーボードも弾いてくれてた、渡辺君とね。
「ナベ、この駅は使えると思わないか」
「何?」
「妻だよ」
「だから?」
「入場券を買って、将来プロポーズする時に渡す」
「へっ(息をのむ)。うーん、おしゃれ、おしゃれ(笑)。じゃあ、いつになるか分からないけど、買って持っとこう。一枚ずつだよ」確認してね(笑)。ハハハハハハハハ。何枚も買っちゃいけないけど。失敗した時のスペアなんてそういうのなし(笑)。で、持ってた。それを川又さんにあげたんです。
「川又さん、これあげますよ」
「っへー(息をのむ)。おっしゃれー(笑)。どこで買ったの?」
「妻駅ですよ」(笑)
「俺も買いに行こう」
「あげますよ」
「いいの?」
「いいですよ。これあげますよ。ダーッと渡して下さい。そしたらすぐ分かりますから。妻駅の入場券。それで分からないあの人じゃないですよ」
僕は何度も会ってますからね。もう今は奥さんですけど。渡せばいいんですよ。渡せないんですよ、このおっさんが(笑)。イライラしましたよー。格好つけるんですよ。B型のくせに、キザなんですよ(笑)。B型はズバーッといかなきゃ。それがねー、どっかの湖のほとりにいいレストランがあるからって、そこまで二時間かけていったら、定休日。二時間かけて戻ってくるだけ(笑)。で、磯子にあったプリンスホテルの最上階のレストランがね、もの凄く景色がいいから、そこでプロポーズするんだって言ってね、銀のオルゴールを買ってきた。銀のオルゴール。キンキンキンキンキコケコンコーン(『エリーゼのために』)。開けると、赤いフェルトの真ん中に妻駅の入場券が置いてある。へへー。キザな、もう(笑)。
で、持ってって、
「どうだった?」
って聞いたら、
「だめだった」
「渡せなかったの?」
「いや、渡した」
「断られたの?」
「ううん。入れるの忘れた」(爆笑)
本当の話ですよ。一度は紛失してるんですから、そのチケット。彼の車の中にあったそうですけど。それで羽子板市に行くって言う。
「今度は間違いない」
「羽子板市?」
「羽子板市で、僕は最高のプロポーズをする」
「どうするの?」
「ほら、拝むじゃない?」
「拝みますよ」
「拝んだ時に、こう手を合わせた時に、親指と人差し指の間にこう差し挟む」(笑)
好きにしたらええがな。
「で、どうだった」
「それが、まさし。惜しかったのよ」
「惜しかったってのは何ですか」
「いや、彼女が手を合わしたのよ」
「じゃあ、すっと挟めばいいじゃない」
「いや、だからさ、今だと思って、うまくいきますようにって、こう拝むじゃない」(笑)
何であんたが拝むんだって、そこで(笑)。で、目を開けたら彼女がもう帰り始めてたっていうんですね(笑)。結局、何でもない日にね、何でもないレストランで、何気なく、渡したそうです。僕が彼にその妻駅のチケットを渡してから二年半かかりました(笑)。その間ずっと彼は、フフ、プロポーズを企画しては破れ、企画しては破れ、立ち直るのに四ヶ月くらいかけ、一年に三、四回アプローチをして、結局、何でもない時に何でもなく渡した。案外、そういうもんじゃないかなと思いますね。あんまり、カッコつけても、計画通りにいかないような気がします。じゃあ、その入場券は今、どうなっているんだろうか。一説には、彼から贈られた銀のオルゴールの中に今でも大事に取ってあるという。だけども、これはあまりにもきれい過ぎて、俺は嫌いだ(笑)。彼がね、プロポーズしては失敗していた頃のこと。イライラしながら応援していた頃のこと。彼をモデルにつくった歌があります。それをお届けしようと思います。
この噺がもとで作られた歌が「パンプキンパイとシナモンティー」という歌です。歌手の岡村孝子さんがデビューした時のデュオ「あみん」の名はこの曲中の喫茶「安眠」から取られたことは有名である。えっ?知らない?本当に有名なのっ!(怒ってどうする。(^^))
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