蠅と遊ぶ法
噺歌集Uより抜粋(’82.6.5. 下呂観光会館)
僕は高校時代、六畳間に一人で自炊生活してたんです。間借りです。アパートなんてそんな贅沢なもんじゃなくて、ある大きなお屋敷の離れの一間を借りてました。そこは大きな窓が一つあって、大きな入り口が一つある、そんだけの部屋なんです。で、時々ギターなんか弾いて退屈してる時があるんです。ボォーッとしてますとね、窓から可哀想に蠅が一匹、ブーンって入ってくるんです。と、楽しめるんです(笑)。
どう楽しめるかっていいますと、まず窓を蠅に気付かれないようにスーッといって閉めるんです(笑)。それからまたソロソロソロッと入り口の方へ行って扉をピターッと閉めるんです。これで蠅はどこへも行きようがなくなりました(笑)。で、行きようがなくなった奴をですね、新聞をとって、こう丸めまして細長い筒状にしましてね、蠅のあとをずーっと追いかけるんです。と、蠅がブウウウウーンと飛んでますでしょ、あッ、こっち来たなってね。時々景気づけをしてあげるためにワオワオワオって新聞で追うんです。すると蠅もビックリしてウァ〜ンて飛ぶでしょッ(笑)。
そううち、蠅といっても空を飛んでるのが普通の状態じゃないんです。やっぱり羽を休めなくてはいけない。あれは歩いているのが普通の自然状態なんですね、だから空中を飛んでる時は、やっぱり疲れるらしいんですね(笑)。いや、そうは思わなかったでしょッ、疲れるのよォ(笑)。
ずーっとね、私が下について歩いてるとイヤになってくんのね、蠅が(笑)。「いやな奴だなあ、いやなとこへ飛び込んじゃたっなあ」なんていいながらね、どこか止まるところを探すんです。一番止まりやすいのは電球の笠。笠にブーンってきて「止まろッ」って思うのね。そこを、止まったか止まんなすかの時にすかさず、その電球の笠をポンポンって叩いてやる(笑)。とですね、蠅がせっかく止まろうとしたのにポンポンってやられるから「アラッ? アラッ、アラッ?」かなんかいって(飛ぶ真似、爆笑)、また飛んでるんです。
とまた蠅が「困ったなァ」「くたびれてんのになァ」とすいいながらずーっと飛び続けます。そのあとを僕がまたずーっとくっついて歩くんです(笑)。蠅がね、しばらくすると、「もういいだろう、あの野郎はどこか...、あッいるなァ、やな奴だなァ」(笑)なんて思って、僕の目をかすめてまた電球の笠に止まろうとするんです。すると僕は落ち着いて笠をコンコンと叩くわけです。すると蠅は「アレーッ」っていってうろたえます(笑)。どこか止まれるところはないかとウロウロするんです。このうろたえてるところをずーっと追いかけて止まらせない。これを三十分もやってますと蠅の方で相当疲れてきますよ(笑)。いや、ほんとの話ッ。
蠅はなんとかして羽を休めるところを探そうとします。どうすると思います? 天井に逆さまに止まろうとするんです(笑)。蠅もいろいろ考えるもんですねえ。そこをまたウァッ、ウァッと新聞でやりますと「アラーッ」って悲鳴をあげて逃げます(笑)。
もう五十分やると、蠅は居直ります。最後に居直る。居直ってどうするかっていいますと、机の上に止まります。もうそうなると、コンコンと叩こうがどうしようが、「殺せェーッ」みたいな感じで歩いてます(笑)。もうそういう時はちょっとやそっと触ったってビクともしない。動きません。ジィーッとしてます。あれはもう可哀想ですねェ(笑)。蠅がね、ちょうど遠泳選手が陸にあがってくたびれてグターッとなってるみたいになるんです。
それをね、空き袋、ま、お菓子を入れる袋とか小さな紙の袋を取ってね、その蠅をフッフッと吹くとポンと袋の中に転がり込みます。それを口をこう、キューッと締めますと。中でコロコロッとかいってるのね(笑)。
それで五十分は暇を潰せたわけです。あとは楽しみに外へ出ていきます。その辺を近所のガキが一杯遊んでるわけです。と、そこへ行って、その中で一番可愛いのを見つくろって、「ぼく、こっちおいで、こっちおいで」といいますと、ぼく、(子供の声で)「ナニィ?」なんて可愛気に来るわけです(笑)。「これあげるよ」っていって、大事そうにその紙袋を子供にあげるんです。子供がサッと受け取って「ありがとう!」っていって何かな?って顔をします(笑)。「開けてごらァーん!」
その頃はもう蠅は復活してます(笑)。あの、子供が目が点になるって可愛いですわねッ。意表をつかれて、意味がわからず、しばらく計算ができない状態(笑)。そうでしょッ、こうやって開けたら、ブンッ(子供が呆気にとられている表情。爆笑。拍手)。「エヘッ、ハエだァ」(可愛い声。笑)。それが可愛くてね、僕はよくやったもんです。僕は近所のガキから「蠅のお兄さん」って呼ばれてました(笑)。
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