鶴の恩返し
噺歌集Vより抜粋(’83.11.24. 愛知厚生年金会館)
この間七月の末に曲作りをしたんですよ。二日間休みで家にいたんです。珍しいんですよ、二日間も家にいるっていうのは。こんなこと結婚してはじめてでした。二日も続けて家にいる、この貴重な時間をどう使うか! 私は曲作りをした、このへんがA型のさだまさしらしいところなんですが(笑)。
で、曲作りってのは集中力なんですね。あのね、結婚してもなァーんも変わったと思ったことはなかったんだけど、ああ、やっぱりリズムが変わったなと思ったのはこの日でしたね、曲作りした日。
曲作りする時には集中しますから、誰にも邪魔されたくないんです。で、結婚して一番気がかりだったのは、その曲作りの時、邪魔されるんじゃないかなっていうことでした。邪魔するという言葉は適切じゃないんですがね、リズムを崩されたくない。なにしろいままで私が曲づくりをする場を垣間み人間はいなかったんですから。私がいかに恐ろしい状況で曲作りをしているか、それはまあ、たぶんいっても信じられないと思いますから、一応いいますが(笑)。
あの、これはね、自分というものを別の世界へ追い込みたくなるんですね。そういう時はどうするかというと、例えばホテルなんかで曲づくりをしてますと、だんだん煮つまってくるんです。そうすると、ベッドの下へ、わざわざ狭いところへもぐりこむんです。グワーッともぐりこむ。苦しいんです。ウォーッ苦しい、う〜んってまた出てくる。ただそれだけなんですけどね(笑)。
で、もっと変わったことはないかなって探すんです。と、ホテルにお風呂場がありますね。そのお風呂場には必ず天井に上がる入口があるんです。で、そこをガバッと開けてですね、中をこう、のぞきまして、何か変わったものはないかってみます。アハハッ、時々あるんですね、それがほとんどビニ本というやつで(笑)。私はこれが楽しみになりまして...、いや、話がそれました(笑)。
そういうふうに、自分なりの集中の仕方ってのがあるんです。ですから集中しなきゃならない時にはまわりで気の散るようなことをされては困るんです。
私はいま千葉県の市川に住んでおります。これがねえ、近所に高校があるんです。そうすっと、昼間、この高校生たちがゾロゾロうちの前を通るんです。それが黙って通りゃいいものをね、もうベチャクチャベチャクチャ、キャーキャーワーワー、「黙ってとおーれェッ!!」(笑)、そんな世界があるんです。
で、夕方になりますと豆腐屋が来るんです。このとうふ屋が不思議でしてね、パァ〜プゥ〜と普通の豆腐屋さんみたいに来るのは来るんですけど、バイクなんですよ。それが速いんです。パァ〜っていうから表に出てみるともうプゥ〜さて向こうに行ってしまって姿が見えないんです。あの人の生活はどうやって成り立ってるんだろうと思いましたね。パァ〜で行ってみたらいないんだから。私は”まぼろしのとうふ屋”と呼んでおったんです(笑)。
で、うちのおふくろの話を聞いて納得したんですがね、とうふが必要な時は、赤ハンカチを門のところに結んでおくんですって(笑)。で、とうふ屋さんがパァ〜って来てその赤いハンカチが出ていると、とうふを置きにきてくれるんだそうです。これを我々は「とうふ屋の赤いハンカチ」と呼んでおります(笑)。
いろんなね、そういう音がします。近くに京成線の踏切があってね(笑)、これがまたうるさいッ。ゴヂャゴンゴヂャゴン、カンカンカンカン、ゴヂャゴンゴヂャゴン、カンカンカンカン、もうね、ラッシュの時なんかひっきりなしに鳴ってるんですよ。開かずの踏切というやつです。そういうのがあるとだんだんイライラしてきます(笑)。
で、ようやく落ちついて、何の物音もしなくなるのはやっぱり夜中の一時二時ですよね。その頃になってやっと自分の部屋にこもるんです。あのォ、学生さんたち、集中して勉強する時って人に邪魔されたくないでしょ。近くに誰かがいるだけで気が散るという方いらっしゃると思います。私もそうなんです。
ですから私は、仕事部屋に入る時、嫁にね(笑)、フフフッ...なァーんていえばいいですか。家内に(爆笑)、ほら、笑うじゃない。まあ、嫁にいい残して部屋に入るんであります。
「よいか、私がいいというまでは(笑)、どんなことがあっても、決してこの中をのぞいたりしてはいけない」(笑、拍手)
そしたらうちの嫁が、(ポーズをつけて)
「まあ! 鶴の恩返しだ」(笑)
ツルのひとことに(頭をツルリとなでる)私は非常に傷ついたんです(爆笑、拍手)。
まあ、そうやって曲づくりをはじめたんですよ。集中した時のパワーっていうのは、なんか自分じゃない自分っていうのが仕事しているみたいですね。で、曲作りをはじめて、ガーッと盛り上がった時、一瞬天才になったんじゃないかという錯覚に陥るんです。おッ、きたきたッ、いまなら曲ができる! 曲ができる!! 二時三時ですよ、夜中の。もう嫁は寝てると思ってますよ、私は。寝ろっていってあるんですから。寝りゃあいいんですッ敵は! それをひとがグーッと盛り上がって、ああ、いまなら曲が出そうだという時に限って、
「コーヒー」
って来るんですよ(笑)。そりゃあ、向こうが気ィつかってんのはわかりますよ。だから持ってきてくれりゃあ冷たい仕うちもできないし、まあ、コーヒー飲みながら二こと三こと話をする、さっきの緊張感がバラケる(笑)。
さっきの集中力に戻すまて゜に四十分かかるんです、一回バラケると。で、ようやく盛り上がって、おッ、きたなァ、ようやくさっきのとこまできたなァって思うと、
「むぎ茶ァ」
ってくるわけですね(笑)。もう最後はですね。ああ〜あッて壁に頭をガンガンってぶつけたくなりましたね(笑)。
寝りゃあいいんですよ。寝りゃあいいものを起きてる。なぜかって私考えたんです。どうしてこんなに嫁は意地張るんだろうか。考えたら、むかしィあのォ『関白宣言』という歌を出したことがあって(爆笑)、そのォ、中に、「俺より先に寝てはいけない」なんて歌詩があるんですね(笑、拍手)、それで、嫁の方でプレッシャーを感じてんじゃないですかね。「あたしは寝てはいけないのではないだろうか」(笑)、ハハハッ。
朝がたになって目をこんなに腫らしてね、「むぎ茶ァ」って来る姿はね、鬼気迫るものがありましたね(笑)。
次ページへ