以下はどっちかって言うと笑えるトークではなく、感動の名作です。そうだなぁー。虎キチ@愛媛がさだまさしのトークの中で一番好き、って言ってもいいんじゃないのかな?こういう他人が注目しない点に注目して、そしてとことん調べる。こういうところにもさだまさしの魅力があるのかもしれません。いつまでも子供のような探求心を持ってる。見習いたいですね。

’87年7月1日。
岩手県で行われた高校野球地方大会の一回戦。
スコアは以下の通り。みなさんは、何を感じますか?

  合計
盛岡商 21  2 11  3 16  53
岩手橘  0  0  0  1  0   1

52点差の名勝負
   噺歌集Xより抜粋(’87.10.5. 岡山市民会館)

いつ秋を感じるか、なんていう話があるんですね。例えば盆が終わると、盆過ぎにはもう秋だなと思う人もある。それから果物で秋を感じる人がある。海辺で知り合った恋に終わりを告げる時に、秋を感じる人がある。それから、僕のように高校野球が終わると、秋だなと思う、そんなタイプもあるんじゃないかと思いますね。

今年の高校野球、岡山県はね、野球は決して弱い所ではないから、いいですよ。いやいやいや、強い方ですよ。そりゃ、全国制覇したことがあるんですから。僕は長崎県の人間でしょ。長崎県っていうのは弱いよ。とにかく、最高がベスト4に残って負けた。PLに負けたんですけどね。PLは強いねー。もう、今年の夏も、結局はPLの優勝で。常総学院とPL学園の戦いを見ながら、「常総に勝たしてやりたい」。ね、判官贔屓。人間にはあるんですよ、特に日本人には。初出場と常連を比べればね、常総を応援しますよ、普通。

あの常総の応援団見ました? 応援団の男の子たち、可愛かったですね。何が、青春の血と汗と涙だ(笑)。僕は、あれを見ながらそう思いましたよ。こんな高い襟してね。こんな長い学ランなんか着てね(笑)。しかも、えび茶色の学ランなんか着てね、剃り込んだりなんかして(笑)。学校帰ると悪いよ、あれ。でも、あの悪いのが甲子園で一所懸命汗かいて応援している姿、これが好きだな。だから常総を応援してた、僕も。

で、結局、PLが5対2で勝って、「また、PLだよ、PL、この野郎」なんて思いながら見てたけど、優勝が決まった瞬間、マウンドに、みんな、わーっと集まって抱き合ってる姿を見ると、「まあ、いいか」なんて急に弱くなったりなんかしてね。そりゃそうですよね、PLはいつも優勝してるからなんて、そんな変な話ないですよね。毎回優勝してるのは監督でね、選手は毎年違うんですから、考えてみれば。やっぱり強い強いっと言われながら強いチームってのは立派だ。やっぱりそれなりの努力をしてきてるんだな。その辺は謙虚に認めなきゃいかんなと思うんですがね。

僕は準決勝が一番好きなんですけれどもね。準決勝にはドラマがあります。事実上の決勝戦。ここで大体、わかりますよね、「あ、ここが優勝するな」ってのが。それはそうです。無心にやって来て、準決勝というのは、これに勝ったら明日は決勝ですよ。決勝戦に出るっていうことは、負けても準優勝ですよ。優勝ってのが、ちらつくんです。だから、人間の弱さってのがもろに出るんですね。決勝戦なんか、あんなに深刻に応援しちゃいけない。泣きながら女の子がこうしてね、応援してるのがテレビに映ると、僕は胸が痛くなるんです。そんな一所懸命になるなよ、決勝戦じゃないか。もっと明るくやれよ。僕が応援団長だったらやりますね、「負ーけーてーも、準優勝」(笑、拍手)。そう深刻になるほどの問題じゃないんですよね。

今年、一番印象に残ったゲーム。実はこれ、僕が実際に目撃したわけじゃないんです。岩手の地区予選で起きたゲーム。新聞にも出ましたんで、覚えていらっしゃる方もあるかもわからない。

岩手県予選が今年の七月一日に始まりました。盛岡にあります岩手県営球場で行われた初日の第二試合。一回戦の第二試合です。盛岡商業という強いチームと、岩手橘高校というチーム。ここの戦いで、もちろん盛岡商業が勝ったんですが、53対1というゲームでした(笑)。点差が離れるとコールドゲームになるというルールはご存じだと思います、地区予選の場合。5回コールドで53対1です(笑)。ま、野球にあまり興味のない方は、この話あんまりおもしろくないかもしれないけど、寝ててください、後で起こしますから(笑)。

53対1、新聞に一行ずつ載ったんです。53対1、それだけだったら、さして興味を持ったゲームじゃないと思います。かつて70対0っていうゲームもありましたからね。点差そのものじゃなくてね、珍しいスコアだっていうんで、スコアボードの写真が載った新聞があったんですよ。それ見てね、「あれっ?」って思ったんですよ。もちろん53対0だったら、はなから興味もってなかったと思います。この1点がどう入ったか。4回の裏に入ってるんですよ。岩手橘高校が後攻、後攻めだったんですね。4回の裏に1点入ってるんです。ふと興味を持ちましてね、私は興味を持つと捨てない人なんです。とことん入っていく人なんです。

で、実は盛岡へ行きまして(笑)、好きでしょう、私。で、高校野球連盟の方にお願いをして、その日のスコアをコピーでもらったんです。もらったその日に、嬉しくて盛岡のホテルでスコアを見ながら、その日の試合を再現してみたんです。まあ、再現できません、正確には。頭こんがらがっちゃって。点数いっぱい入るもんだから。

すごいですよ、1回の表に21点、2回に2点、3回に11点、4回に3点、よろしいですか(笑)。4回の表が終了した時点で37対0です。その裏に1点入ってるんですね。どうでしょう、野球好きなら、この話、分かってもらえると思うんですがね。37対0になって、1点を取りに行く気力というのが、僕らにあるだろうか。

阪神タイガースに田尾っていう仲のいい選手がいる。彼にこの話をしたら、
「あーそう、1点そこで入れた。野球好きにとっては嬉しい1点だね。だけど、プロ野球だったらナンセンスな1点だ」
勝つか負けるかですから、プロ野球は。1点そこで取ったからって、1点取った美学なんてどうでもいいんですね。

で、僕はこの1点にこだわって、盛岡まで行ったわけです。どうにかお情けじゃない1点であって欲しかったんです。もう、ドキドキしながら、4回の裏の岩手橘高校の攻撃を、スコアで見たんです。もう、ドキドキしましたよ。
「お願いです、お願いですから、お情けじゃありませんように」

クリーンアップです。3番から始まった攻撃、キャッチャーが簡単に打って出て、ショートゴロ、ワンアウトランナーなし。そして、ワンアウトランナーなしで4番のピッチャー藤原。いや、会ったことないですよ、名前だけ知ってるんです。4番でピッチャー、弱いチームの典型ね。

だけど、この藤原っていうのは偉い奴ですよ、53点を一人で投げ抜いてるんですよ(笑)。いや、笑ってらっしゃるけどね、53点、一人で取られまくるってのは、これはすごい。230球投げてるんです。一日に230球。そんなものね、230回手をこうやるだけでも大変ですよ(笑)。ピッチャーの藤原、これがショートゴロを打ったんです。ショートがエラーしたんです。盛岡商業は、その試合たった一つのエラーです。4回の裏に出ました。ピッチャーの藤原が、一塁にランナーとして出塁したんです。5番の二塁手が、聞いてくれます? 5番の二塁手が、一塁にランナーを置いて、右中間にスリーベースヒットを放って(会場から拍手)、拍手ありがとう、堂々と1点を取ってるんです。嬉しかったね、この1点の取り方。

僕は、もう、ピッチャーの気持ちになるわけ、その藤原の気持ちになる。藤原が一塁にいるんですよ。それで、ピッチャーがヒュッと投げる。「カーン」と音がするんです。「カーン」じゃないです、おそらく金属バットですから「キン」でしょう。「キーン」と音がして、目の前を白球がパーッと通過していくんですよ。それを見ながら、一塁を蹴るんですね。あるいは一塁から、もうかなり離れてたかも分からない。そして二塁を蹴って、三塁へ向かうんです。決してアキレス腱なんか切ったりしないんです(笑)。そして、三塁へ向かって走りながら、でも、良かったですよね、切れてなくて遠藤は。断裂だそうでね、どうにか、つながるそうです。本当に良かった、プロ野球を代表するピッチャーですから。

それはともかく。二塁から三塁へ向かう途中で、一度、藤原は振り返ったと思います。これはあくまで想像ですけど。振り返ったら、右中間をボールが転々としてるんです。「よしっ」。三塁ベースへ向かいながら、なおかつ歩を進めている。三塁コーチャーは必死で、手をこうやって回している。三塁ベースを蹴る。そして、ホームへ向かう。その頃に、おそらく外野手が取って二塁へ返す。二塁手はそれをカットして、三塁へ送る。打者走者は三塁へ滑り込んでセーフ。で、藤原はホームベースを踏むわけです。1点取ったわけです。

僕はね、この1点てすごいなと思うんです。37対0になった時に1点取りにいってくれてね、正々堂々と取りやかったってのが嬉しいんです。そりゃ、エラーがらみだけど。

大体、神様なんてのは意地悪なもんです。不公平なもんですがね。時々、仏心、まあ神様が仏心出すってのは変ですけど(笑)、時々、仏心を出すんですね、神様も。だから、あの意地悪な神様、そりゃあ、藤原の気持ちになって御覧なさいよ。53点を一人で取られるんですよ。マウンドに立ってて、ポコポコポコポコ打たれる。33安打19エラー。ね。惨めですよ。男として惨めです。野球選手がどうとかじゃなくて、男として惨めですよ。そりゃあ、やっぱり、いい格好したいですよ。見栄があります。プライドだってあります。もう一所懸命やっても駄目なんです。どんどん点が入っていくんです。

ウーン、どんな思いだっただろう、この藤原。切なかっただろうと思います。もしかすると、藤原が内心惚れてる女の子も応援に来てたかも分からない。その子の前で53点じっと取られてる藤原。あー、もう可哀想。もうたまらないですよ。まあ、会ったことないですけど。でも意地悪な神様が仏心を出して、53点取られたピッチャーが、たった1点取り返した。その1点のホームを彼が踏んだっていうのがね、あー、ドラマだなと思います。

いやー、本当に37対0に追い込まれるっていうことは、僕ら、よくありますよね、実生活の中で。投げます、みんな。今、投げるのが流行りです。投げる方が楽だからね。ぽーんと。だけど、こいつら、取りにいってくれたんだなと思うとね、この試合のことは、僕はずっと忘れないだろうなと思うのね。

一塁からホームまで全力疾走したピッチャーがいる。しかも打者走者は、まだ三塁にいるんです。ワンアウトランナー三塁です。普通、ワンアウトランナー三塁だったら、もう一点取れますよ(笑)。ね。スクイズとまでは言いません。外野フライで取れるんですから。しかもピッチャーが、一塁からホームまで全力疾走してるんです。休ませるのがセオリーです。ね。臭い球、ファールして粘るとか、じっとボール球見るとか、ね。3球でチェンジになってるんです(笑)。そういうチームなんですよ。だけど37対0で取りにいってくれた。ピッチャーは疲れたでしょう。次の回に、16点取られてますから。

230球を投げ抜いた、この藤原君、実は二年生なんですね。本職はピッチャーじゃないんです。遊撃手、ショートなんですね。じゃあ、なぜ、彼がマウンドに立ったのか。聞くところによりますと、エースが二ヶ月前に退部した。辞めるなよ、そんな(笑)。辞めるなって、そんなもん。ねえ。じゃあ、なぜ、藤原がピッチャーに選ばれたか。チームメイトの中で一番度胸があった(笑)。そんなことで選ぶなよ。ね。藤原はいい迷惑ですよ、そんなものは。藤原は生まれて初めてのマウンドで、53点取られたんですね。

こいつはね、こいつはだって、俺、友達みたいな言い方しちゃった。あの、新聞少年なんですね。その日、230球も投げて疲れたんでしょう。家に帰って、あんまり食欲もなかったそうですよ。焼き魚を中心とした軽い物を、何で俺、こんなこと知ってるんだろうね(笑)。人の飯まで知ってるなよ、本当に。なぜか、知ってるんですがね。焼き魚をつまんで、ご飯を軽く食べて、寝ると言って、九時半に寝たそうです。そして、翌朝、彼は、ちゃんと起きて、新聞配達に出かけたそうです。偉い奴っているもんですよね。自分より年下だなんて、とても思えない。自分の甘ったるさってのが、本当に申し訳なくなるような偉い奴です。まあ、まだ二年生だから来年があるけれども、だからといって、彼が来年甲子園に出てくるほどのチームになるとは思えないですけどね。

何年か経ったら、会いに行こうと思います。今年会いに行ったら、嫌みだから、何年か経って、これが笑い話になる頃にね。こいつと酒でも飲んでみようと。「お前、どうだった」なんてね。53点取られた時の、あの気持ち。それで、仲間が、どんどんどんどんエラーしても、腐った顔ひとつ見せなかったそうですよ。一所懸命だったんですって。とにかく、エラーが出ようが何しようが、一所懸命投げてたそうです。彼がホームベースを踏んだ時に、球場全体から、大歓声が上がったっていいます。球場全体を味方につけたんですね。彼にとっては本当にすばらしい一瞬だったんじゃないかと思います。思い出したくはないだろうけれども。いつか一緒に飲んでね、ホームを踏んだ時の気持ちを聞いてみたいと、つくづく思うんですが、偉い奴ってのは、いるもんですね。

僕もまあ、37対0になっても投げない、こういう気持ちでいきたいですね。何か自分の、あの「長江」の借金をふと思い出してね、さだも投げなかった。偉かったと思いますね。高校野球を見てると、時々、つまらないエラーで敗れ去っていくチームがあります。勝利をほぼ手中にしながら、たった一人の、たった一つのエラーでサヨナラ負けを喫する、そんなシーンをよく目撃します。

あれ、里へ帰ったら非難されるんだろうか? そう思うと、ああいうエラーを見るだけで胸が痛みますね。なにもしたくてするえらーじゃないんです。ポーンと凡フライが上がって、それを捕ればゲームセットなのに、ポロッ。そして逆転サヨナラ。そんなシーン、何度見たことでしょうか。里へ帰ったら、いろいろ言われるのかしら。
「あっ、あいつだよ」ヒソヒソヒソヒソ。

わざと言う奴がいるんですね。さもなければ、その逆ですよ。なるべく、その話に触れないように、触れないようにする。妙に、みんなやさしいとかね、どっちかですよ。家族の人も言われるんでしょうね。なんか八百屋さんへ行って大根買ってると、ヒソヒソヒソヒソ。「ちょっと見て、落球した子のお母さんが大根買ってるわよ。ずうずうしいわね、あれ。よくいけしゃあしゃあと大根なんか買えるわね。らっきょうでも食べてればいいのよ」(笑)なんてね。

誰も責めることなんて出来ませんよね。考えてみて下さい。9回の裏、ツーアウト、ランナー二塁、三塁。自分のチームが1点だけリードをしている。しかし、敵のチームも負けてはいないんです。ツーアウトだが、ランナー二塁、三塁。一本ヒットが出れば、逆転サヨナラ負けを喫する。しかし、ひとつアウトにすれば自分たちの勝ち。そして明日は決勝戦。僕は二塁を守っている。そこへ、ボテボテの平凡な二塁ゴロが転がってきた。これをふっと触って、一塁へビッと送ればゲームセット。さあ、平穏な気持ちで、それをパッと捕って、平静な気持ちで一塁へポンと投げることができる人が何人いるだろうか。僕は無理だな、きっと。ガチガチになるだろうな。

そう。実人生の中では、そういう時にエラーをして、暴投をしたり、トンネルをしながら、みんな傷ついてる。そんなことなんじゃないかと思うんですけどね。だからこそ、胸が痛むというよりも、淋しい共感を感じているのかも分からないなんて、ふと思いました。

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