江夏豊
1973年8月30日、対中日戦。9回終わって江夏は相手打線をノーヒットに押さえていた。しかし、味方打線の援護もなく、試合は0vs0のまま延長戦へ...。勝負がつかない限り記録の達成は認められない。10回表、11回表とノーヒットピッチングを続けた江夏は、なんと11回裏、自らのサヨナラホームランで試合を決めた。延長11回ノーヒットピッチング、なおかつ自らの決勝ホームランという、マンガにでも出てきそうなシチュエーションを実行に移している。
1967年、大阪学院高校からドラフト1位で入団。’68年(25勝12敗)、’73年(24勝13敗)で最多勝。’68年9月17日には予告通り巨人の王から、プロ野球新記録となる年間354奪三振を奪い、最終的に年間記録を401まで伸ばした。そして、ベストナインにも選出され、沢村賞を受賞した。翌’69年には防御率1.81で、最優秀防御率のタイトルも獲得している。
そして江夏といえば、9者連続奪三振。1971年の7月17日のプロ野球オールスター戦。オールスター戦の投手は規定で3回しか投げられない。つまり取れるアウトカウントは9つ。そのすべてを三振に。今まで数々の名投手が挑戦してきたが、達成したのは江夏一人である。特に9人目の打者、加藤が放ったファールボールを追う捕手田淵に向かって「追うな」と叫んだことは有名である。
1975年のオフに、南海へ電撃トレードされるまで、タイガースでは先発の柱として大活躍。逆に南海、広島、日本ハム、西武と渡り歩いた、プロ野球人生の後半は、リリーフ投手として大活躍。’77年及び’79年から’82年までの計5回、最優秀救援のタイトルを獲得。特に’79年、’81年はMVPにも輝き、リリーフエースの第一人者と言われている。
通算829試合に登板。206勝(うち完封勝利45)158敗193セーブ。
投球回数3196回で、2987奪三振、防御率2.49。
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