第3章 コンサート

コンサート数日前に、偉大なるさだML創始者のH氏より連絡があった。たまたま愛媛に来ていてコンサートに来るという。何度かメールのやりとりをして、待ち合わせ場所を決定。予定通り、会場ロビーでH氏と対面した。さだ談話&阪神談話(Hさん、阪神ファンだったんですね(^^))に花が咲いた(^^)。インターネットの凄いところは、こういう今まで一度も会ったことのない人とも、容易に交流が持てるところである。

会場に入ると、左側前方の1本の大木を中心とした緑一面の緞帳が見えた。CD「日本架空説」のジャケットを思わせる。1ベルが鳴るとそこに「日本架空説」という文字が縦並びに映し出された。

(開演18時9分)
1 飛沫
緞帳は開かずギター弾き語りのさださんがスポットで照らされたままの演奏。どうやらこの緞帳は向こう側が透けて見える薄い構造らしい。曲が始まるまでは気づかなかった(^^;)。
2 春

曲開始とともに緞帳が開くと、ステージ一面緑一色。生花か造花か区別がつかなかったが、後のトークで造花だと暴露。

〜MC〜
「ようこそいらっしゃいました、さだまさしでございます」のいつものあいさつに続き、延期になった3月のコンサートのお詫び。前々日の宇和町のコンサートは無事だったが、松山の前日になって、急に声がでなくなった。身体は元気なのに声だけ出ない。当日の昼まで様子を見たが声は復活しなかったので、泣く泣く延期させてもらった。身体は元気だったけど、声が出ないんじゃステージに出てきても意味がないんで...。大変申し訳なかった。さだが大街道(虎キチ@愛媛注:松山のアーケード街)でパチンコをしてた(笑)、という噂があるけれど、それは前日だった。玉は出たけど、声は出なかった(笑)。

声が出なかった事件は、大阪、松山、広島、と1ヶ月おきに続き、正直言って引退が頭をよぎった。原因は全くわからないが、十数年続けていた花粉症の薬が、心臓に負担がかかるとかで今年製造中止になった。今までの俺の心臓はどうなるんだ(笑)。仕方ないので今年別の薬に替えた。原因といえば、それくらいしか考えられない。例年行っていたマウイ島でのゴルフ休暇が、宇和島水産高のこともあり、とりやめにした。その時期の日程が開いたため、宮崎医大で精密検査を受けたが、残念ながら(笑)、どこも悪くなかった。

いつもなら、遅れて入ってくるお客さんに対して「「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と声をかけるのだが、今日は「先日はどうもすいません」と声をかけていた。そのたびに会場内に笑いがおきた。

毎日新聞の記者に「さださんが追い続けてきた日本というのは、理想論であって、さださんの考えを押しつけているだけではないのか」のようなことを言われ、日本架空説というアルバムを作った。今回のツアーでは、「日本とは?」ということを考えるコンサートにしたい。

3 交響曲
4 無縁坂
5 精霊流し

〜MC〜
 こうやってコンサートで日本国中飛び回っているけど、何回行ってもその土地をすべて知り尽くすことなんて出来ない。先日沖縄へ行った時、レンタカーを借りて散策していた時に「山原(ヤンバル)野生動物センター」という看板を見つけて、早速訪れた。4時半閉園で、時計を見ると丁度4時半だった(笑)。園を閉めようとしてたスタッフらしき人に、さわやかな声(笑)で「もう終わりですか?」と尋ねた。都会の人なら「はい」と冷たくあしらわれそのまま閉園されるだろうが、まだ人間味が残っている当地の方は、それを断れずに、どうぞどうぞと再び開けて中を案内してくれた。

中を案内しながら、時々チラっとこちらの方を見る。「あのぉー、失礼なことお聞きしてよろしいでしょうか」と言われて「失礼ならいいです」(笑)。「さだまさしさんによく似てるようなんですけど」「僕もそう思います」(笑)。で、本人です、と言うと20分程の映画まで見せてくれた。それが終わって館内を回ったが、作り物とか画像だけで本物がいない。「あのぉー、本物はどこにいるんですか?」と尋ねると、「やだぁー、さださん。ここにいたら”野生”って言わないじゃないですか」(笑)と...。

北海道に行ったときに、野生のシマフクロウのつがいがすぐ近くにいるから見に行こう、と言われたのでついていった。すぐ近く、って言うから5分くらいだろうと思ったら40分(笑)くらいも雪をかきわけ山の中に入っていった。でも、ホントに綺麗だった。となりのトトロに出てきたトトロは、あのシマフクロウに違いない。

6 北の国から

〜MC〜
旅はいい、という話。自分は普段は眼鏡を外して行動している。そうすると意外にさだまさし、と気づかない。でも、中にはめざとく見つける人もいる。あるスキー場の近くにニングルテラスが出来た。そこで買い物をしていると、「さだまさしさん」と後ろから声が聞こえたので、ああわかっちゃったな、と思って振り返ったら「...の北の国からのオルゴールもあります」(笑)と言われた。つい2つも買ってしまった(笑)。

皆さんがずっと見て暮らしてる瀬戸内海と、高知でずっと暮らしてる人が見ている太平洋。同じ海でも感じ方が違う。山陰の海、東北のリアス式海岸、沖縄の海。同じ海でもいろんな色がある。風の色もその土地土地で違う。そして言葉の色も...。でも、ご当地愛媛で「ぞなもし」という方言は一度も聞いたことがない(笑)。

7 遠くへ行きたい
8 案山子
9 秋桜

〜MC〜
僕は英語が不自由です。アメリカに行ってお腹が痛いとき、どういう風に痛いのか英語で説明することは出来ない。そして、今の子供達は日本語が不自由だ。小さい頃からおじいちゃんおばあちゃんと会話して育ってないから、自分の気持ちを上手く表現できない。おじいちゃんおばあちゃんは暇だから、孫と話しするのが好き。子供はそうやって会話して言葉を覚えていく。でも、今の子供たちはその経験がないから、言葉をどう発していいかわからず、話す事が怖い子供さえいる。駅前留学もいいけれど、日本人のための日本語学校も必要なのかもしれない。

深夜のコンビニで、全部が全部そうではないけれど、客に対する「あーしたっ!」(笑)(「ありがとうございました」と店員は言ってるつもりだろうけど、確かにこう聞こますね(^^))という店員の言葉は、単にマニュアル通りに声を発してるだけで、全く気持ちが込められていない。親子喧嘩で、親が「あんたちゃんと謝んなさい」って言うと子供が「ごめんなさい言うた!」(笑)って...。そんなのは謝った、って言わない。「ごめんなさい」とか「ありがとう」とかは、言葉を発するだけじゃなく、気持ちがこもってないと意味がない。言葉というのは、気持ちが大切である。

東京から新幹線に乗ったとき「本日はひかり○○号にご乗車ありがとうございます。この列車はひかり号です。こだま号ではございません。東京を出ますと名古屋まで止まりません」というお決まりの車内放送が何度も何度も繰り返されていた。こういう気持ちのこもってない言葉、っていうのは左から右に自然に抜けていく。

しかし、その後「本日は土曜日。熱海・小田原方面への旅行の方、こちらはこだま号ではありません。”どんなことがあろうとも”(強調して言う(笑))途中停車するわけにはまいりません」と続いた時には、耳がそちらの方に向いた。おそらくこの車掌さんは何度も土曜日にひかり号と間違えて乗り込んだ人に、途中で停めてくれるように頼まれたんだろう、その苦悩が気持ちになって現れていた。気持ちのこもった言葉というのは、人の心を引きつけます(笑)。途中で切符確認かなんかで車掌さんの思わしき方が号車に入ってきたが、「この人があの面白いことを言う車掌さんかな?」(笑)と、皆興味津々の目で見つめてる。

そして、名古屋に着く直前になって、また出てきた。「まもなく名古屋でございます。降り口は右側...」とお決まりの言葉が続いた後「なお、私が”あれほど言ったにも関わらず”(笑)、こだま号と間違えてお乗りになった方が2名いらっしゃいました(爆笑)。次の名古屋でお降り下さい」(笑)。そして「名古屋駅で乗り換えの方、○○線お乗り換えは○番ホームで...」と続き「最後に熱海方向へお戻りのお客様(爆笑)は向かいのホームに移動ください。尚、向かいのホームに最初に入ってまいりますのは”ひかり号”(笑)です。これにお乗りになりますと、また東京まで停まりません」(爆笑)

そん時は忙しかったんで、そのままひかり号に乗って大阪まで向かったけど、暇だったら絶対に名古屋で降りてた。どういう人が間違えたのか確かめた(笑)。そうすると、トークももっと充実したものになったのではないか、と(笑)。

10 晩鐘
11 セロ弾きのゴーシュ

21世紀は、紅白が終わった楽屋で谷村さんやベーヤン等と迎えた。男ばかりでちっともロマンチックでも何でもなかった。近くにDA PUNPがいたのがせめてもの救い。その後、ポン友が支配人をしているアッピ高原(虎キチ注:これでいいんだろうか?よく聞き取れなかったもんで...)のスキー場に向かった。何年か前から毎年行っており、アッピニューイヤー(笑)コンサート、と題して友人らが集まってちょっとしたパーティーみたいなのを開いている。そこで知り合った小4の娘に「さだちゃん」と呼ばれていて「関白宣言は必ずヒットする」(笑)と予言された。こんな小さなファンのためにも、頑張っていきたい。

2001年、これといって変わったことがあるわけではない。ただ、アトム誕生まであと2年(笑)だな、と。ドラえもん誕生まではまだ100年以上あるが。今年の正月に6通のちょっと変わった手紙が届いた。さだ企画や文化放送のセイヤング宛にもあわせて100通ちょっとが届いていた。それは、1985年の筑波科学万博で、未来に手紙を出そう、ということで出された手紙だった。それらのすべてに目を通して感じたのは、人は未来を語るとき、必ず希望を唱えている。未来はやっぱり希望を持たないとだめだ。

12 天空の村に月が降る
13 舞姫
14 月蝕
月蝕のアップテンポの演奏後で息切れ(を演出...だと思う。)。ステージに座り込む(笑)。しばらくして、その演奏を支えてくれたメンバーに拍手を送り、そのままメンバー紹介へ入る。メンバー紹介はステージ右の岡沢〜倉田の順。

〜MC〜
2月の修二絵行事に続いて、今月には薬師寺でも落慶法要コンサートがある。まだ、加山さんが来ることと日程しか決まってないけど、今年で第15回目になる長崎からもある。また、21世紀に県民の人口分である250万本の木を植えよう、という計画を練っている新潟県の21世紀イベントに呼ばれて4万人のエキストラと共に「木を植えた男」というミュージカルにも出演させてもらった。木を植えて次の世代に森を残すことはすばらしい取り組みだと思うが「杉だけはやめてね」(笑)とお願いした。いろんな行事があって今年も充実した1年になりそうだ。

最後に3曲(虎キチ注:話の流れからして「木を植えた男」だと思ったのになぁ...)歌ってお別れします。元気と勇気は使えば使うほど増える、という話。みんなも頑張って、元気で。えっ、俺に言われたくない?あんたこそ元気で、って?(笑)。

15 広島の空
16 天然色の化石
17 最期の夢
(1幕20時55分)

〜アンコール〜
18 主人公

今年のテーマは「がんばりすぎない、でもあきらめない、夢は捨てない」。がんばりすぎちゃうと、疲れるから。でも決してあきらめてはいけない。数秒か数分我慢すれば、明かりが見えてくることがある。そんな歌があるので、今日の最後に贈ります。

19 The Day After Tomorrow
演奏が終わった後、いつものようにステージ中央、上手、下手で深々と頭を下げ、拍手が鳴りやまない中、にこやかな笑顔で両手を振りながら去っていく。
(終演21時8分)

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