神出鬼没コンサートを始めた理由
噺歌集Uより抜粋(’82.3.28. 篠山市民会館)
えー、不思議な縁で篠山でコンサートをやるようになりました。でね、篠山でコンサートをやるっていうと皆びっくりするのね(笑)。「ささやま? うーむ」なんてね、それっきり(笑)。
僕はね、ほんとはこの神出鬼没コンサートっていうのは、本当に神出鬼没でやりたかったんです。前もって「いついつやりますから」なんちゅうのは、ほんとの神出鬼没でないんですよね。今日来て明後日やる、そういうのをやりたくてね、一月の末にここへやって来たんです。で、役場へ行きましてね、会場借りるために。
でね、僕は「四日後ぐらいにやりたい、いまからだと二月の初め頃にコンサートをやりたいんですけど」ってお願いしたんです。すると役場の人がね、「二月の初めの何時頃にやるつもりですか」っておっしゃるんです。だから「まあ、夕方がいいんじゃないでしょうか」って僕はいったんです。そしたらね、「この会場は暖房がないから、二月の初めはちょっと寒そうな気がしますねえ」っていわれました(笑)。
「あッ、そういえば寒そうですね。僕寒いの弱いんです」
「そうでしょ。だからさださん、もうちょっと暖かくなってからにしたらどうですか」
っておっしゃる。
「それもそうですね。じゃあ八月にしましょう」(笑)
とかなんとかいいましたら
「それじゃオーバーだ」
ってんで、空いてる日にちを探していただいたんです。で、今日の日にちになったわけです。今日は神出鬼没旗揚げ公演、実に旗揚げ公演なんです。
ほんとに、これはいいもんです。大ホールだと、何か人間相手に歌ってる感じがしなくてね、あれだったらテレビカメラ相手に歌ってんのとたいして変わらないような気がしてしかたがないんです。こうしてね、最前列にどんな人がすわってるか見えたりね、どこにいい女がいるかすぐわかる(笑)っていうコンサートはね、一番大事であります。えーほんとに、個人的なメリットも含めまして、大事なコンサートであります(笑)。
お互いの息づかいが聴こえる、これがいいですね。ですから僕達はお芝居してるようなもんですよ。すべて見られてるんですもの。だからものすごく緊張してます。緊張してないように見えるでしょッ、これ僕の特技なんですハハハッ(笑)。僕はアガると無口になるか、早口になるんです。だから、さっきまで無口で、いまは早口になっています。ま、そのうち落ち着いてくるんじゃないかと思うんですがね。
僕が篠山に生まれて初めて来たのは、去年の三月のことです。僕は旅が好きでね、休みになるとすぐ出かけるんです。あれは三月のォ…、たしか初め頃だったと思うんですが、いつものように部屋でね、こうォ、荷物をかばんに詰めてたんです。千葉の市川という所に僕は家があるんです。そばでね、おふくろが右往左往うおさおしてるわけですよ。ちょうど時節柄、アレルギー性鼻炎が出かかるころのおふくろがね、ハックシュン、ハックシュンなんかいいながら荷物詰めてる僕をのぞき込むように寄ってきてね、
「おまえ、どこへいくんだえ」(新派風の口調。笑)
で、僕は荷物を詰める手をちょっととめてね、
「そォだなあ、雪がみたいなあ」(もの思いにふけるような低い口調。笑)
「ああ、そうかい。雪が今どきあるかねえ」
「そう、上高地へ行きたいと思ってるんだ」
「上高地! いいよッお前、上高地はいい! 上高地は最高だねえ。…(ガラッと口調が変わる)上高地ってどこだいッ?」(爆笑)
そんなわけで、僕は上高地へ出かけるつもりで家を出たんです。東京から長野県の上高地へ行くには新宿に出て、中央線に乗って松本というところへ行くのが道順なんです。で、僕は市川の駅で電車を待ってました。何も考えないでいると習性で総武快速という電車に乗ります。特別快速というのは、ものすごく早く東京駅へ着くんです。僕は故郷が九州ですから、九州へ帰る時はいつも東京駅から乗るんです。だから東京駅には親しみがあってね、それに僕は飛行機には乗りませんから、ほとんど東京駅から新幹線に乗って旅に出ます。
で、その日もなんとなくホームで待っていたら電車が来たのでヒョイと乗ったら、見たような駅についたから降りたッ。そこが東京駅だったんです(笑)。ああ、東京駅かァ、上高地へ行くにはどういったらいいのかなあなんて、ぼんやり歩いてると「間もなく十六番線から発車します。お急ぎください」なんて場内アナウンスがあった。「ああそりゃあ大変」と思ってその声につられて十六番線に行こうとしたら、それが新幹線だったんです。で。フッとコンサートに行くような気持ちになりましてね、新幹線とコンサートは条件反射みたいなものなんです。で、中に入ったんです(笑)。
ブーンと発車しました。しばらくは新聞とかマンガとか見て、ホッとひと息ついたんです。そしたらね、フッと浜松あたりで「ちょっと待て…。このまんまでは、長野へ行けないんじゃないだろうか」(笑)、まッ、僕は勘がいいからすぐ気がついたんです(爆笑)。でもほら、ね、もうしようがない、乗ってしまったものはねえ。「しようがねえや、じゃあ、名古屋へ行こう。それから信州へ行こッと」(笑)。そう決めたんです。
で、そう腹を決めたら腹がすいたんです。とりあえず腹ごしらえをしようと思って食堂車へ行きました。そこで、「おねえさん、一番早くできるものは何ですか?」「カレーです」「じゃあ、カレーください」ってなわけでカレーライスを頼んだんです。えー、注文した時に豊橋が過ぎたんです。イヤな予感はしたんです(先の話を想像してしばらく笑いが続く)。
で、カレーがパッとテーブルに出てきた時に、「あと三分で名古屋です」ってアナウンスがありました(笑)。さあ、カレーをとるか、名古屋をとるか(笑)。こりゃあ、誰が考えたってカレーをとりますわねえ(笑)。
だから、僕はゆっくりと、こう、カレーを食べておった。最近の食堂車って、富士山が見えないって苦情が出ましてね、こっちがし壁だったのが窓になった。ですから、ホームに停まってると、ホームから中の人が見えるんですね。そしたら外でね、「おッ、なんか見たような人がカレー食べてる」(笑)みたいに指さしたりしてんですよ。で、僕なんか愛想振りまきながら「どォも」なんかいったカレーを食べてたんです。
そのうち新幹線はブーンと出てしまいました。「こりゃあ、名古屋で降りられなかったなあ、まあ、京都で降りればいいや」なんて自分で納得したりしたんです。腹の皮つっぱると目の皮たるむでしょッ(笑)。ほんの数分間、ウトウトッとしたんです。で、パッと目が覚めたら電車が停まってるんです。「ヤバイッ!」と思って飛び降りたら新大阪だったんです(笑)。
それでどうしようかなあと途方に暮れまして、まあ、ここまで来てしまったんだからもう仕方ないと思って大時刻表を買ったんです。こんな厚いのをね。その大時刻表をパラパラとめくってましたら、ホラッ、よく落丁、乱丁本ってててててあるでしょッ。こう、切れてなくて折れ曲がってるの。これがそういう本だったんです(笑)。
なんかゴソゴソしてるなあと思って、切れてないところを開いたら福知山線だったんです(爆笑、拍手がしばらく続く)。いや、ほんとに、これは本当の話ですよッ。あッ、これは福知山線の乗れという神のおぼしめしだ(笑)、その時思いました。福知山線っていってパッと思い出すのは丹波篠山、あのデカンショ節ですよね。で、丹波篠山へ行こうッ。
そして梅田まで行きましてね、そこで篠山の旅館を予約しまして、それから切符を買ったんです、大阪駅でね。
「すいません、篠山一枚」
「…篠山口ですか?」
「いえ、ささやま」(自信なさそうに小さな声。笑)
「篠山口でしょッ」
「口つかないんです(爆笑続く)。あのォ、ぼくゥ、丹波へ行きたいんですけどォ」
「だから篠山口に行くんでしょッ」(笑)
「わからない人だなあ(爆笑)。(声を大きくして)私は丹波篠山町へ行きたいんですッ」
「だからそれはッ、篠山口で降りるんです」
「あははァ、じゃあそれをください」(笑)
で、そこで切符を買いまして三番線、いや二番線だったかな、もう出そうな感じでベルがベルベルッって鳴ってんです(笑)。「わあ大変だァッ」ってんで飛び乗って「よかった」と思った途端に発車したのがドン行なんです(爆笑)。「イタミィ」なんて言われてね、あらァ、停まるのねェみたいな感じでね、全部停まるのね。律儀な電車に乗っちゃってね(笑)。篠山口に着いたら八時半だものッ(笑)。
で、私はバスに乗りました。ワンマンバスです。乗ったはいいけど、どこで降りていいのか、わからないわけですよ。で、運転手さんに、
「すいません、篠山へ行きたいんですけど」
「篠山なんですけど」(笑)
「ハハァ、あのう、メインストリートへ行きたいんです」(笑)
「ああ、わかりました。あとで教えてあげますから、すわっててください。…あんた、降りるんでしょッ」
「はいッ。あのォ、旅館がいっぱいありそうなところへ行きたいんですけど」
「わかってます。いいからそこへすわっててください。(大きな声で)立ってられると邪魔なんですッ。すわってくださいッ」(笑)
で、すわったんです。それでまたウトウトしてましたら、運転手さんがなんか怒鳴ってるんですね。
「えー、にかいまちィー、にかいまちィ」
僕はそんなに信号で渋滞してんのかと思ってね、二回待ちっていうからね(爆笑)。ハハハッ。そしたらね、運転手さんが
「ここッ、ここッ!」
って後ろ向いて怒鳴ってんです。でね、
「あッ、どうもすいませんでしたァ」
っていって、料金払って降りたところが二階町(爆笑)、町の名前だったんですねえ(笑)。
で、旅館へ行きました。そしたらね、
「キャンセルです」
っていわれたんです。もう私は目が点になって途方に暮れたよ。
「えッ? 何ですか」
「キャンセルになってます」
「あのォ、さだですけどォ」
「キャンセルになってます」
「うそォッ、僕ゥ、ちゃんと申し込んだんですけど…」(笑)
「でも、キャンセルです」
「部屋、ないんですか?」
「ありません」
あァ…(笑)。あァ、この寒さの中で、どうやって野宿をしたらいいんだろうッ!(笑) 力なく目をあげたら、メインストリートに燦然と輝く「大手食堂」の看板があったのです(爆笑、拍手。しばらく笑い続く)
話が大変長くなっております(笑)。(そこへ一人の男性が大きな花束を持って客席から前へ出てくる。ステージのまさしに花束を渡し、握手する)大手食堂のおやじが来てくれましたァ(拍手)。
どこまで話しましたっけ! …そうだッ、あの寒空の中で僕は大手食堂の看板を見つけたんです。大手食堂…。名前が大きい!(笑) ここは頼りがいがありそうだ! …と、その時錯覚をしたんです(笑)。
まあ、腹も減ったしね、戻るとすれば神戸か大阪へ行くしかないわけで、大阪へ行けばいつもいつも泊まっているホテルがあるから、そこへ行ってフロントをおどかしゃあ、なんとかなるだろうってことでね、その足で大阪へ帰ることにしました。
で、まあ、メシだけ喰って帰ろうと思ったんですね。そこで大手食堂に入ったんです。そしたらね、大手食堂の、いま来たあのおやじが、「どっかで見たことがある顔だ」って、なんかブツブツブツブツ客と話をしてんです(笑)。僕はもくもくとメシを喰いました。あそこは便利なことに、誰が食べてもいいというタクアンが置いてありましてねえ(笑)。
もう隅の方でゴチャゴチャいってるらしいから、僕はもうタクアンだけでメシ喰ってやろうかと思ったんですが(笑)、ま、五品くらい、食べもしないものを取りまして、まわりにワァーッとはべらせましてね、食べておったんです。そしたらなんか向こうの方でね、
「…んだなあ」
「そうやなあ、あれ」(笑)
「そや」
「あんたァ…エーと、テレビ出てるねェ」(笑)
「いえ、出ているってほど出てないんですけど…、出ないことはないです」
「ああ、知ってる、知ってる。なあ、カアチャン。…おかあちゃん、おかあちゃん、この人、ホラッ、アノォ…、ホラッ、谷村新司」(爆笑)
もう僕は首を絞めてやろうかと思ったんですが(笑)。おかあちゃんはちゃんと知ってましてね、
「何いってんの、さだまさしさんじゃないのよ」
「ああ、さだまさしッ、そうそう、そういったつもりだったんだ」(笑)
そこでおとうちゃんがすっかり盛り上がり出したんです。僕は一人でビールを飲んでたんでね、一人で飲む酒ってうまくないでしょッ。だからこりゃァちょうどいいやってんで、「おやじさァん、一杯いかがですかァ」ってんで、こうやってビール瓶を出したんです。そしたら返事早かったよォ、「そうかい」なんて(爆笑)。それでパァーッとつぎましたら、グゥーッって自分で、僕が乾杯ともいわないうちに、一人でグゥーッと飲んだなァと思ったら、僕の目の前にあったビール瓶つかみまして、ブワーッって自分でついでね(笑)、ガバーッと飲んでね、「おかあちゃんッ、ビールないよ、もう一本出してッ」なんてね。僕はそれを見て、こりゃあえらいところに来ちゃったなあなんて思ってね、このおやじさん、このままズーッと飲んでんじゃないかなんて心配になりましたよ。
で、まあ、ずっといろいろな話をしたんです。「なんできたんですか」とか、「何しに来てんですか」とかきかれましてね。で、旅館がこれこれ、こういうわけでなんて話してましたら、「じゃあ、うちへ泊まんなさい」っていってくれたんですけどね、「いえ、僕はもう大阪へ帰る決心をしましたから」っていってね。まあ、そこまで意地張ることないんですけどね。ちょっとガッカリしたこともあって、帰ろうと思ってたんです。
で、話もたけなわ、盛り上がった頃、その大手食堂のおやじがね、
「あんた、どうして大きな、まあ、大阪とか神戸とか、大都市だけでコンサートをやるのか!」
かなり鋭い指摘を受けたわけです(笑)。僕はギクッとしまして、「べ、べべ、べつに…、そ、そそ、そういうつ、つつつもりでもなかったんですけど」みたいなこといったんです。そしたらね、
「うちの娘もあんたが好きでね、で、あんたのコンサートに行きたいといったって、あたしゃあ、大阪まで娘をやるわけにはいかないッ。とくにあんたのコンサートは話が長くてコンサートが長いって聞いてるから(笑)。そうした時に夜遅く帰ってくんの大変だから、娘を聞きにやらせられないじゃないかッ」
なるほどなあと思ってね、
「聞きたいっていう人だって、この辺りにも…うーん、そのォ、何人かはいるから(笑)。あんたッ、一回篠山でもコンサートやりなさいッ」
なんていわれましてね、
「そうですねェ…ぜひやります」
なんてね。あたしゃあ調子がいいんですね。その場で約束をしたんです。「やりましょう」ってね。
そしたらもう、ビール七本くらいズラーッと並んで、おやじさんの友達までワイワイ来たんです。で、終わりに席をたって僕はきいた。
「おじさんッ、おいくらですかッ」
「いらないッ」
「やッ、それはいけません。それはいけませんッ」
「いらないッ。お金いりませんッ」
「そういうわけにはいきませんから…。じゃあ、大体の分、ここに置いていきますから」
「いや、それはやめてください。もしもォ、あんたが本当に今日の代金を払う気があるのならッ、篠山でコンサートをやりに来て、そん時に払ってくれ」
うまいこといいますねえ、あすこのおやじはねえ(笑)。その言葉にジーンときてね、大阪へ帰ったんです。
それから一年、ちょうど一年たってしまいましたが、こうやって篠山でコンサートができる。本当に嬉しいですね。人間同士って、そういうところで繋がっていくんですね。たとえばコンサートやってますと、いろんな人達と、どれだけの人と個人的に親しくなってお話をするか、これには限界があるわけです。
僕にはコンサートってものすごい肉体労働なんです。ワンステージ終わりますとヘトヘトになります。それからなんか盛り上がりに行こうといわれてもですね。気持ちは盛り上がろうとしても顔がひきつってんですね(笑)。疲れ切ってね。だから、かえって不快な思いをさせてはいけないと思って、いつもくたばって寝ているといった状態なんです。だから、そういう時、フラッと出かけた時とかね。そんな時にしかお友達になれる機会がないんですね。それがとっても残念です。
そういう繋がりでもって篠山でコンサートがやれる、ってむ、これが一つの自分のため…、とくに去年、一昨年となんか忙しすぎましたし、コンサートの数が減りました。数が減るということは、いきおい会場を大きくして、いっぺんに大勢の人に聞いてもらって帳尻を合わせるなんてことになります。
大きな会場、大きなバック演奏、多勢の人。こうなると、僕はなんかおかしいんじゃないかと思うわけです。「僕はギター一本でコンサートをやりたいんだ」って思いましてね、今年からやることにしました。その第一回目はどうしても篠山でやろうと思ったんです。それがこうしてできて、本当によかったなあと思っております(拍手)。
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