美容院と雷
噺歌集Wより抜粋(’85.11.13. 桐生市産業文化会館)
今年はほんとうにいろんなことがありましたねえ。そうッ、信州で地すべりがありましたね。あれは七月でした、よく覚えてます。じつはね、あの地すべりの起きた一週間前に長野でコンサートやったばかりだったんです。その時にラジオの仕事であの近くを通っているバードラインを走ったんです。飯綱高原っていう所へ行きましたんでね、あの直前にあそこを通っているんです、僕はね。だから、あの災害の時、テレビを見ていたんですけど、もう他人事のような気持ちでは見られませんでしたね。もうッ、かわいそう! いま日本で家建てるっていったらえらい騒ぎですよ。もう、必死でローン組んで建てた家がですね、ドシャッ、ドシャッ、ドシャドシャドシャって土砂に食べられていくあの悲しさ。
昔、『岸辺のアルバム』という山田太一さんのいいドラマがありましたけどね、あれは多摩川の堤防が決壊して家が流された時の物語でした。かわいそうなドラマでした。あの名が゜野の地すべりもかわいそうでした。家財道具持ち出す暇もない。もちろん亡くなられた方もいます。痛ましい事件でした。
その一週間前の土曜日、僕は信州にいたんです。その日は『セイヤング』というラジオ番組があって、中には聞いてくださった方で記憶のいい方は覚えてらっしゃると思います。東海林君が下痢をした日です(爆笑、拍手)。たしかあの日僕はラジオの中で雷がすごいって話をしたはずです。夕方からすごい雷雨になったんです。もうッ、それはすごい雨ッ、雷がガーンって落ちるんです。雨がバケツの底を抜いたように降る。表に出て行こうにも出ていけないんです。雨足が激しくて腰ぐらいまではね返るんです。
そういう時に限って僕はなぜか床屋へ行きたくなったんです(笑)。だけどそんな状態だから外へは出ていけない。で、ホテルの人に相談したらば、ホテルの中に美容室ならありますっていうのね。やだッ! 美容室がやなんだッ、わたしは(笑)。行ったことあります、わたしだって。美容室へ行くと、あのキノコみたいなのかぶったおばさんがいっぱいすわってて(笑)、なんかね、愚にもつかない週刊誌なんか見てる。そこへさだまさしが入っていくってえと、「あッ、さだまさしよッ」一回いえばわかる。なのに、おばさんの数だけこだまするんです、それが(爆笑)。さだまさしよッ、ええッ、さだまさしッ、さだまさしッ、え? ほら、さだまさし、やかましくてしょうがない(笑)。なんか僕、悪いことしてるみたいな気分になるんですよね。
で、いやだからね、そのホテルの美容室をコソーッと覗いてみた。そしたらね、だあれもいない。雨でお客も来ないんですね。シメタッと思いましてね、「すいません、お願いできますか」って入っていった。そしたらね、年増の、昔は可愛かったであろう女性が「(年増のきどった女口調で)どォぞ〜」(笑)っていうから、案内されて真中の椅子にすわったんです。
あのォ、ほらッ、鏡がこう並んでますよね。で、鏡と鏡の間にポスターなんかよく貼ってありますね。人間ってなにげなくそういうものを口に出して読むってことあるじゃないですか。僕はなにげなく口に出して読んだんですね。「お父さんも喜んだ、○○養毛剤」(笑)その○○養毛剤って口に出していったら、その年増の先生とおぼしき女性が僕の後ろにいて、「あらッ、お席まずかったかしらッ」(爆笑、拍手)やかましい、ほっといてくれっていいたかったですよ。
で、その先生が僕の頭を見て、「どうなさいますか」っていうんです。どうなさいますかって髪を切るにきまってますから、「切ってください」っていったら、「ええッ、いいんですかッ」(笑)フフフッ、「いいんです」っていったら、「どこをッ」(笑)見りゃあわかるじゃないッ、ねえ。とにかくカットしてくださいっていったらいちいち僕にきくの、「ここ切ってもいいですか」って(笑)。
まあ、カットは無事終わりました。そしたら、「こんなもんでよろしいですか?」って、手鏡持って、よせばいいのに後ろを見せるの(笑)、自分の後頭部なんか見たくないッ(笑)、まったくねえ。「いいですよ」っていったら、じゃあ乾かしますからってドライヤー持ち出して乾かし始めたんです、ゴォーッて。「すいませーん、一応シャンプーしていただけませんか」って僕がいったら、「あらッ、シャンプーなさいますゥ?」(笑)だって。
「ええ、ポスターにもありますんで、お父さんも喜んだこれ、使ってみたいんです」
「ああ、これね、とってもいいんですのッ」って、真剣に五分くらい説明されましたけどね(笑)。
「じゃあシャンプーいたしますのでどうぞこちらへ」そこでなぜか若い女の子に替わるのね、だいたい。「(可愛い声で)じゃあッ、髪、洗わしていただきま〜すッ」(笑)。あの、美容院で髪洗うのって男は怖いですねえ。男は前かがみで洗うんです、床屋へ行くと。べつに化粧してるわけじゃないですから、ジャボジャボって顔に水がかかっても平気なんです。女性はそういうわけにはいきませんね。化粧している方が多いですからねえ。前かがみで万が一洗ってビショビショになって、顔を上げたら別の人になっていたなんてね(爆笑)。誰から代金とっていいかわかんなくなっちゃうといけないんでね、それを避けるためにああやって美容院のシャンプー台は上向きに寝るようにしてあるんでしょうね(笑)。
あれは怖いですよ、すわったら椅子が後ろに倒れる。で、いやなのはね、こういう(手で示す)窪みのある瀬戸物に首を合わせるんですね(首を伸ばす、爆笑)、「もうちょっと上へ」なんかいわれて、グリグリグリ(笑)、あれがやなんだッ。
でもね、まだそれはいい。洗う時に水しぶきが顔にかかんないようにってんでしょうか、顔に白い布をかぶせるでしょッ(笑)、あれが不吉で嫌いなんです。人間には条件反射ってものがあるんです。だから寝てる時に顔に白い布をかぶせられると、つい胸で手を組みたくなりますよ、こうやって(爆笑、拍手)。ねえッ、だからやなんです。
で、最初のうちは和気あいあいとやってたんです、若い女性と。「(可愛い声で)さださんッ、どっかかゆいところはありませんかァ」「背中ァ」(笑)「まあッ、冗談ばっかり〜ッ」っておでこピシャンって叩かれたりして(笑)。叩きやすいんだ、またこのおでこが。歩くカスタネットといわれたりして(そこで宅間、タイミングよくカスタネットを鳴らす。会場爆笑、まさし、宅間を睨む)。
で、こう、シャンプーをしてた。まもなく流そうという時、布かけられててもわかりますね、音で。ハハァーン、シャワーをキュンと引っ張り出してお湯の温度調整をしてるんだな、熱すぎないよう、冷たすぎないようにね。シャーッ、シュワワシュシュシュ、シャーッ、シャーッ、シュシュシュジョワジョワ、キュッキュッキュッ、ショワーッ、シャッ、もうそろそろだなって思っているうちに、頭のてっぺんにザッとぬるま湯がかかったその瞬間、バリバリバリ〜ンッて、音がしたと思ったら近くに雷が落ちて、パッと店内が真っ暗になったんです(笑)。
「あッ、停電だあ」って僕がいったら、女の子が「(可愛い声で)どォしようォ〜ッ」「どうしたの?」って僕がきいた。「お湯が、出なくなっちゃったんですゥ」(爆笑)「べつに水でもいいよ」「でもォ、髪によくありませんよォ」「待ちましょうッ」(笑)
女の子が、「先生、どうしましょうォ」って相談に行ったら「すぐつくわよう」っていうのね。「そうですね、じゃあ、さださん、もうちょっとシャンプーしましょう」(笑)なん度もなん度もシャンプーしやがってッ、もう、地肌が摩擦で熱くなっちゃってるんです。もうッ、一回こするたんびに二、三本はいってるはずなんです(笑)、わたしは内心ハラハラしてました。
僕は心配になって、「まだつかないねえ」っていったら、「そうですねえ、どうしましょう先生ェ」って女の子が先生にきいてるの。そしたら先生が「そうねえ、このぶんだとしばらくつかない可能性もあるわね。じゃあ、ちょっと待ってて」って、いなくなったんです。その間、女の子はまた僕の頭をこすり始めたんです(笑)、気が気じゃなかった。
しばらくして「お待ちどおさまァ」って先生が帰ってきたからふっと見たら、手にポット三つ持って立ってんですよ(爆笑)。そのお湯ですすいでくれました。それで「はい、終わりました、どうぞォ」って起こされたんです。起こされた時、自分を見て驚きましたよ。美容院って頭をタオルできっちきちに巻くでしょ(笑)、ねえ、あれ見て恥ずかしかったァ、自分で。だってもう、森のどんぐり君になってんですもの(爆笑、拍手)、フフフフッ。
で、起こす時にあれ、「お疲れさまでしたァ」っていって起こすのね。「疲れたのはあんたやろ」(笑)っていいながら僕は起きたんですけど、起きながら嫌な予感はしてたの。だって真っ暗なはずの店内がほの明るいんです。おかしいなあって思ってふっと鏡の方を振り返ったら、鏡と鏡の間にずうっと一本ずつローソクが立ってんです(笑)。あれは怖いですよォッ。鏡の前にすわると、ローソクの揺れる炎が下からわたしの顔を照らしてんです(笑)。頭にタオルを巻いた自分の顔がゆ〜らゆら(爆笑)。どんだけ不気味かッ(笑)。
それでもこうやってすわっていたら、女の子が一生懸命ドライヤーのコードを伸ばして僕のところへ持ってくるんです。だから「それ、どうすんの?」ってきいたら気がついたらしく、「あらッ、あたし、バカみたいィ」(笑)バカみたいなんじゃなくてバカなんだっての(笑)。
そしたら若い女の子が三人くらいいたんですけど、みんな後ろの方で相談してんの。ひとが聞いてんのを知ってか知らずか、勝手なこといってんですよォ。「どうしましょう、先生」「そうねえ、困ったわねえ」「あッ、そうだッ、先生ッ、うちわッ」(爆笑)こらッ、おれは寿司かッ(笑)、寿司さますんじゃないってんですよねえ、まったく。「そうだッ、先生、いっそローソクで」こらッ、こげるって(笑)。チリチリ燃えたら、わたしの場合、復元は難しいんですから(爆笑)。
しょうがない、僕は「タオルでいいですよ」っていって乾いたタオルを借りてね、自分でコショコショゴシゴシコショコショゴシゴシと拭きまして、一番よくない拭き方なんでそうですが、ウワーッと拭いて、タオルを見た(タオルをじっと見るポーズ、爆笑)、数えられないくらい抜けました。淋しかったさださんです(笑)。フフフフッ、タオル二枚使ったらね、もう完璧に乾いてんの(笑)。こん時は自分でもわびしかったですねえ。だってタオル二本で乾いてしまう髪(笑)。
帰りに送って出てくれた、その先生のね、最後の捨てゼリフがきいたね。「すいません、今日はこんなことになって、大変ご迷惑おかけしました。だけどよかったあ、こんな日のお客さんがさださんでェ」(笑)だって。もうッ、ほんとに腹立った、わたしは(笑)。で、フロントに戻った瞬間にパッとつきやがんのッ。人生なんてこんなもんだと思いましたよ。
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