旅先にて

さだまさしは年間150前後のコンサートをこなしている。おかげで四国に住んでる虎キチ@愛媛も年に一度はコンサートに赴くことが出来るのであるが、さだまさしは旅から旅へ、である。その旅先で出逢った話題から…。

博多・ボヤ事件
   噺歌集Xより抜粋(’89.11.2. 太田市民会館)

今年の旅先での最大の出来事は、ボヤ事件でした。今年の五月に、私たちが泊まっておりました博多の某ホテルで、ボヤが起きましてですね、ボヤが起きたって言っても小さい子供が目を覚ましたんじゃありませんよ(笑)。それは「坊やが起きた」。まあ、ボヤが起きまして、実に大変だったんです。

明け方です。丑三つ刻と言ってもいいでしょう。八時四十分...(笑)。いや、私にとってはですよ。私はよい気持ちで寝ておりました。そこへ私のマネージャーの広田から電話があったんです。こいつは、この事件のお陰で有名になりました。全国区になっちゃいました。これは決して自慢で言うんじゃないんですが、本当に見事なアホなんです。可能を不可能にする男(笑)。本当に一点の曇りもない、今日の空のようなアホなんですね。スカーッと遠くまで見渡せるアホなんです。ここまで抜けられると思わず驚いてしまうというようなアホなんです。こいつから、電話があったんです。八時四十何分です。

「まさしさんっ!」
「あ、もしもし」
「まさしさんっ、火事です!」
「あっ?」
「火事はわかったよ。どうすればいいんだ?」
「フロントまで降りて来てください」
「お前はどこにいるんだ?」
「フロントです」
自分だけ先に逃げとるんです(笑、拍手)。

目撃者の証言によると、彼が降りてきた時の格好が凄かったって。自分の荷物をちゃんとまとめて(笑)、ショルダーバッグの重いのを肩にかけて。さすがに慌てたんでしょう、浴衣のまんま(笑)裸足に革靴を履いて現れたそうです(笑)。そんな格好したヤツ他にいないっていうの。ね。みんな荷物は置いて、着替えだけして降りるんです。広田だけ浴衣のまんま、荷物持って現れた。

その時に、ロッテ・オリオンズが同じホテルに泊まってたんです。ロッテの宿舎がボヤだっていうんで、博多中のテレビカメラが集まった。そこへ広田が現れたわけです(笑)。私を起こす前に朝のNHKニュースに出たんです(爆笑)。九州全土に流れるやつに。情けないと思いませんか? それで新聞記者にインタビューまで受けてるんですよ。そんな珍しい格好したヤツ、他にいないから(笑)。

「すいません、ちょっとお話伺っていいでしょうか?」
「えー、びっくりしましたー」
「お仕事でおいでですか?」
「えー、東京の商事会社に勤めてます(笑)。広田泰永、二十八歳」(笑)

で本人楽しみにしてるんです。
「今日の夕刊に出ますよ。僕の名前が」
僕も楽しみにして、その新聞を見たんです。可哀相、ああなるとね。一言、
「中には慌てた人も」(爆笑、拍手)
広田の「ひ」の字もありゃせんのですね。やっぱり新聞記者も間近で見たかったんでしょうね。まぬけの顔を(笑)。

それで、
「おはようございます。おはようございます」
ってうちのメンバーの所へ行くから、いちいちテレビカメラがそっちを見るでしょ。だから、メンバーは嫌がって、向こうへ行け、向こうへ行けって追い払う。追い払われたところに、たまたま前のマネージャーの金山っていうのがいたんです。金山は立派なマネージャーです。AB型です。AB型っていうのは、他人のことには冷静です。で、金山のところへ「おはようございます」と行ったら、金山が冷たーい声で
「まさしは?」
「ひゃー!?」
それで思い出した(爆笑)。そこまで思い出さなかったっていうんですよ、僕を(笑)。情けないわ。

この間、名古屋の方でありましたよ、チンパンジーの逃げた事件が。ご存じでしょ? チンパンジーが逃げ出したでしょ。花ちゃん? 花ちゃんだか、あきら君だか知りませんけど、チンパンジーが鍵を開けて逃げた。あのチンパンジーは、隣のチンパンジーの檻の鍵も開けて一緒に逃げたって言うじゃないですか。チンパンジーですら、逃げる時は隣の鍵を開けて一緒に逃げるんです(笑)。チンパンジーにも劣るんです、あいつは(笑)。本当に。「火事場の馬鹿力」っていうのは聞いたことありますけど、あれはただの「火事場の馬鹿」ですからね(爆笑)。

それで、電話してきたんですけど、私は自分があんなにトロいかと思いました。電話切った後、
「まいったなー火事かー」
で、隣の壁を触ってるの。こうやって。
「まだ熱くないなー」
だって(笑)。
「煙もないなー、クンクン」

それで荷物はだめだから、燃えてもらおうと思って、で、何を着て行こうかな。一番高いやつを着るべきだろうか、それとも昨日クリーニングから返ってきたばかりのやつにするべきか悩んでたんです。そしたら、ボーイさんが来た。

ドンドンドンドン、ドンドン。
「さだ様」
ドンドンドン
「さだ様」
勇敢なボーイがあったもんだなと思ってね、ドアを開けたんです。

「さだ様、火事でございます」(笑)
勇敢なんだか、間が抜けてるんだかわからない(笑)。
「どうしたらいいの?」
「ただいまエレベーターが使用できませんので、階段で一階のフロントまでお降りくださいませ」
「わかりました。じゃあ、今、着替えますから」
「さだ様、お急ぎくださいませ」(笑)

その通りだなと思ってね、それで着替え始めたら電話が鳴った。「この忙しい時に」と思いながら、ばっと電話を取ったら、広田が、
「鎮火しました」(笑)
「わかった。じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?」
「もう一回寝てください」(笑)

何よりおかしいのは、浴衣で荷物を担いで、革靴を裸足につっかけたまんま、フロントから僕に電話してたっていう、その姿ですね。想像するだけでおかしい、広田君のコーナーでございました。お陰で、今年一年、五月以降のコンサートは、この話題でずっと回らせてもらいました(笑)。

この話を、僕のお袋が東京のコンサートを見に来た時に聞きまして、驚いちゃって、
「あんた、それは笑い事じゃないわよ。広田君を呼んでらっしゃい。
広田が蒼くなって走って来たんです。お袋の所へ走って来ているところへ、お袋が、
「広田くーん、今度は起こしてあげてね」(爆笑)
当たり前だったいうの、そんなもん(笑)。しょうがねえ、お袋ですけどね。

後で話を聞いたら、ホテルの9階のレストランの中華鍋に火が入っただけだって(笑)、張り倒すよ、本当に。でも、起きて来なかったのが三人いたそうです。あの人(虎キチ@愛媛注:バンドメンバー、ギタリストの立山さん)と僕と、ロッテの村田兆治(笑)。きっと大物なんでしょうね。そういうことにしときましょうね。でもね、無事だったから笑い話になるけれども、危ないですよ。気をつけてくださいね。ホテルに泊まる時は、必ず非常口を確かめておく。旅先では何が起きるか分かりませんからね。本当、気をつけていただきたいと思います。

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