曲づくりについて

さだまさしは、いわずと知れたシンガーソングライターである。その曲作りにまつわる話もコンサートではおなじみです。その一部を紹介します。

シラミソードー
   噺歌集Wより抜粋(’83.1.11. 神奈川県民ホール)

音楽というのは音を楽しむと書きます。楽しむから音楽なんであります。楽しめなきゃ無意味になってしまう。逆にいうと、どんな人でも曲や詞はできるんです。楽しい音を見つければいいんですから。そりゃあね、天才が聞けば雨だれの音も音楽に聞こえるってんですけど、そうまではいいませんが、なんでも音楽になる。ですから、何かのとっかかりで自分の音楽を見つけだす、これが大事なことなんですね。

実はこの間、LPの曲作りの時に煮詰まりましてねえ、まあ、テーマ決めはね、相変わらず昔も今もおんなじように相当時間がかかるんですけど、こういうテーマで曲を作ろうと決めたら、昔は早かったんです。その世界に十五分もあればサーッと入っていけた。最近は三時間かかるんです(笑)。

で、この間の曲作りは煮詰まりましてねえ、もう、全然出来ないんです。夜の八時から曲作りを始めて、その世界にようやく入り込めたのが、午前零時、それから三時間頑張って、もう明け方の三時ですよ、でもまだ全然進展していない。ああ、こりゃあだめだ、諦めようかな、うん、気分転換をしよう。何をしようか、そうだッ、曲を作ろう(笑)。で、遊びの曲を考えたんです。一種のジクゾーパズルのようなものです。信田さ〜ん、ドの音をください(ピアノ、ドの音を弾く)。

ドレミファソラシド、誰でも知ってるドレミファソラシド、この音の読み方はイタリア読みなんですね。ドイツ読みはツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー、ツェー、日本読みになりますとハニホヘトイロハとなりますね。この、ドレミファソラシ、片仮名に分解すると七つ、この階名を読むだけで意味を持たせることはできないだろうか(笑)、この着眼点が素晴らしいですねえ。われながらこの着想に感動したんです。そうだッ、作ろう!

ドレミファソラシといえば誰でも思いつく単語があります。シラミ(爆笑)。だけと、そうかといってシラミ シラミといってるだけでは歌にならない。文章めいた一行がいります。シラミ シラミ ソラ シラミ(笑)、これ、この通り音で弾けるんですねえ。この一行をとっかかりとして、わたしはシラミの歌を作ろうと思いました(笑)。すでに第一行はできましたね。

今度は第二行です。シラミって見たことあります? 見たことないんです。今や、ほとんどの人がないんです。そりゃあまあ、親父やおふくろののようにDDT振りかけられた世代の人は(爆笑)、ウフフッ、知ってるでしょうがねえ。でも、僕たちの世代は知らないですよね。見たことあるようで見たことない。これを歌ってやればいいんです。シラミ ミラレド ミレ シラミ(笑、拍手)。

こんなものメロディーになるのかとお思いでしょう。信田さん、ちょっと弾いてください(ピアノ演奏、拍手)。美しいサウンドが出来上がりましたねえ。古式ゆかしい和音階を連想させます。格調が出てまいりましたねえ、盛り上がってまいりましたッ(笑)。

第三行、シラミを捕まえた男がいるんです。皆に見せたいから、ソラソラと差し出すんですねえ(笑)。で、差し出されたほうは、ドーラと覗き込むんですね(爆笑)。そしたら、脇にいたやつもドレドレと前に出てくる。捕まえた人がミーレと差し出す(爆笑)。

そこまでを復習したいと思います。それでは信田さんお願いします。(バンドも加わって演奏、中国風のサウンドになる。さだ、ナレーション風に)中国四千年の歴史を秘めたスープの中に〜(爆笑、拍手)。なんか、明清楽の旋律ですね。ソラソラ ドーラ、ドレドレ ミーレ。ここでわたしの頭も一旦途絶えた。話が先へいかないんです。ハハア、これはわたしの視点が悪いんだな、見方を変えればいいじゃないか、そうだッ、観点を変えてみよう!

わたしが取った作戦、これはもう画期的な作戦でしたよ。音楽史上、かつてなかった視点です。つまり、シラミの気持ちになる(爆笑)。ハハハハッ、シラミの気持ちになってみてください。最近はあんまりお友達じゃないのに、ああッ、見つかってしまう! この見つかってしまうという恐怖感を次に歌ってやればいいんです。ドレミファソラシ、七つの片仮名の中から、シラミ ミラレソー、ああ、シラミの恐怖感が出てますね(笑)。同時に、正体がばれてしまう恐怖感、シラミ シラレソー(笑)。ミラレソー、シラレソー、これが鮮やかに対句をなしています(笑)。やや、文学的になってまいりました。まあ、ここまでを音で聞いてみましょう(演奏)。

途中で合いの手を入れるのね、景気付けに、ソッソソーラ(笑)。で、主題をもう一回出す、シラミ シラミ ソラ シラミ、はいッ、どうぞ。(演奏)うん? どっかで聞いたメロディーだな(笑)、なんか、サラリンのコマーシャルに似てません? ♪サラリン サラリン サラサラリン(爆笑、拍手)、便秘にすっきり、サラサラリン(爆笑)。ハハハッ、松山容子さん、琴姫七変化でした(笑)。アハハハッ、いま笑った人は相当年配の方ですよ。まあ、何かに似ているけど、この手の歌だから許していただくとして、シラミ シラミ シラシラミ、ここまででわたしは完全に行き詰まったんです。先へ進まない。こりゃ、だめだッ、もう寝ようと思った。なぜなら時計は五時を廻っていた、朝ですよ。

寝ようと思って布団に入りました。ああ、いい気持ちだ、だんだん眠気が来る、一番気持ちの良いとき。そこへシラミが襲ってくるんです(笑)。妄想ですけどね、モソモソ、モゾモゾ(笑)。腹立ちましたよ。ガバッと起きまして、明かりをつけて、どうしよう、また考えはじめた。な〜んかオチをつけないとだめだ。

そりゃあ、この手の歌はとくにオチが大事なんです。『雨やどり』だってそうですよ。何だか分からないことをウダウダウダウダいってる。な〜にがませませだ(笑)、なにがいいたいんだ、イライラしながら聞いてる。で、最後にきて「あなたの腕に雨やどり〜」っていうオチがあってね、そこでストンと落ちて、聞いてる人が初めて、な〜るほどォ〜(笑)なんて納得してくれるのね。オチは大切なんです。悩みました。あとはインスピレーションに頼るしかない。だけどォ、不思議ですよ、追い詰められると人間って出てくるのねえ。

な〜んだ、簡単じゃないかッ、シラミのこどて大騒ぎしている歌じゃない、いいオチがあった。シラミ シラミ シラシラミ ソードー(爆笑、拍手続く)。『シラミ騒動』という大変画期的な歌が完成いたしました。これでね、音楽的にもドで完結したわけです。よかったなってほっとして寝たんです。こんなお遊びみたいなもんでも、ちゃんと音楽に聞こえるんです。だから、音楽ってもっともっと身近なところにあるんですね。

(『シラミ騒動』の演奏後...)
いかがでしたでしょうか、それなりにきこえないことはありませんね。ですからどんなものでも音楽になる、これは信頼していいことじゃないかと思います。この曲を作ってね、わたしは自分で天才じゃないかと思ったんですよ。で、あんまり盛り上がったものですから、調子に乗りまして、この主人公のシラミに名前まで付けました、ミソラ シラミです(爆笑、拍手)。

次ページ